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キンが亡くなるまでの記録・2

2012.02.25

--2月3日--

病院から帰ってくると、珍しく、窓に張り付いて鳴いています。
そうだ!お散歩いこう!
毛布にくるんで、コートですっぽり隠して、まるでママコート。

0204.jpg


鼻をフンフン、お日様に目を細めて、キョロキョロ。
でも寒くて鼻水たらり、少し自力で歩いて、5分ほどで家に入りました。
このころは、まだ少しは歩けたので、私が視界からいなくなると
「うぇーうぇー」と鳴きながらキッチンまでフラフラ歩いてきました。
トイレに行っても、キッチンに行っても「うぇーうぇー」

口の中が落ち着いても、先生の言ったとおり、自力で飲み食べることはできず
トロトロのペーストをさらにお湯で薄めてスープにして
シリンジでちょこちょこ飲んでました。

--2月4日--

今日も「外に出たい」と鳴くので抱っこして庭に出ると
なんと、よろけながらも自力で歩いて向いの義両親の家へ
まっすぐ歩いてきました。
仲良しの、兄ちゃん猫に最後の挨拶に行ったのかな・・・

息子は、キンが長くないことを伝えても、静かに「うん」と言うだけ。
でも、じっとキンをみつめながら、ずっとずっとキンを撫でていました。
言葉はいらない・・・
夜は、なかなか2階に上がることが出来ず、何度も何度も
「キン、おやすみ」を繰り返す・・・
胸が痛い光景でした。

--2月5日--

可愛がってもらっていた、お隣さん2軒にごあいさつに行きました。

その日の夜、とっても不思議なことがありました。


キンが鳴いて鳴いて、よろけながら必死に廊下に出ようとします。
ドアを開けてあげると、ふらふらしながら、
チットが亡くなっていた場所に歩いていきました。
そして、そこに座り込み私をじっと見つめて・・・

地震の直後、キンは網戸をこじあけて外に飛び出し、
夜まで帰ってきませんでした。
退院してすぐだったので体力が落ちていたし、
帰ってきてからは、余震の恐怖もあって、眠れず、水もろくに飲めず、
ほとんど動けなくなっていました。
だから、チットが亡くなった状況は、キンは知らないはずです。

詳しいいきさつは、私一人の胸にずっとしまいこんできました。
一生、私の胸にだけ・・・と思ってきました。
キンが「一人で抱えないで、僕が少し背負ってあげるよ」
と言ってくれているような気がして、涙が止まらなくなりました。
そしたら、倒れそうな体で膝に乗ってきて、
私が泣き止むまで、じっと待っていてくれました。
それからは、朝まで鳴くことなく静かに眠ってくれました。


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