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診断、それぞれの考え。

2010.01.21

自分の中で、まだ咀嚼できてないところだけど、記録という意味で。
3回目の療育が終わった後、駐車場であるお母さんに声をかけられました。
「病院には行ってますか?」
という切り出しだったような気がする。

そのお母さんの、詳しいいきさつは控えるとして、
病名をハッキリさせること、診断を受ける事、その意義って?
当事者と発達支援センターと病院(医師)の、三者のポジションは?

というところがハッキリしないよね、という話になりました。


うちの場合は、面接の後、
「コミュニケーションの能力に、偏りがあります」
という言われ方をしました。
家に帰ってから「あれ?」と腑に落ちないところがあり
電話して「発達障害の疑いがあると考えていいですか?」
と聞いたところ、いつまでも、返事がなくて・・・
黒でもない白でもない、あやふやな表現で
「ハッキリとは言っちゃいけないの」という空気を感じました。


療育の間も、『発達障害』『自閉症』『PDD』の言葉は
先生方の口から一度も発せられる事はなく、タブーなの?
と感じていたので、私も口にしませんでした。

でも、隠し事、ってわけじゃないけど、
何が苦手なのか、それをどう苦手じゃなくしていくのか、
いっしょに考えていきましょう!
という空間のなかで、そんなタブー的な空気が漂っていたんでは
こっちもやりにくいじゃないですか?
だから、4回目のお母さん同士の話の時に、それをお題を提案しました。


病名をハッキリさせること、診断を受ける事、その意義って?
当事者と発達支援センターと病院(医師)の、三者のポジションは?



まず、『診断』という言葉を『医学的権限』という角度から考えるなら
発達支援センターが病名を伝える事はできない、ということ。
でも、「□□□にあてはまります」という言い方は出来る。
発達支援センターでは、これを『見立て』と言ってます。
専門知識を持った人、それが医師であれば、診断。
発達支援センターであれば、見立て。

診断を希望する場合、発達支援センターの嘱託医である医師との面談は
療育中、1回だけ受ける事が出来る(けど予約制)
外部の医師にかかるときは、これまでの経過を先方にお伝えするために
紹介状を出す事ができます(有料)
どちらも、当事者が希望した場合だけに行うということ。


診断を受ける事の意味とは何だろう?というお題に、
あるお母さんは
自分が、子供に障害があることを受け入れられない。
何をしていいのかがわからず、療育に通う意味もわからず。
自分が「よしっ!」とスタート地点に立つために、病名をはっきりさせたい。

別のお母さんは
治療法があるなら病院にかかることも意味があるけど、治るモノじゃない。
病名をもらっても、子供が苦手な事は、自分が気づいて理解して
ひとつひとつ手助けしていくしかない。
だから、診断を受ける予定は、ない。

発達支援センターは
その人が、診断を受ける必要性によって、診断を受ける事の
意義が変わってくる。
→何かしらの手続きに、診断書の提出が必要。とか、
 親が、説明を求めている、とか。
必要性がないうちは、病名を知る事自体に、意義はないのでは?


もちろん、心理的に、病名を知った事で、今までのモヤモヤが晴れて
一からスタートだ!と開き直れるという人もいるかもしれない。
要は、その人が求めるなら、診断を受ける事にも意味はある。
でも、大事な事は、病名をハッキリさせることではなくて、
子供が困っている事、苦痛に感じる事、それをより良く知ることが
まずはスタート地点なんじゃないかな。
その苦痛を、我慢するんじゃなくて、うまく回避していく考え方とか
行動とか、そういう道を、みんなのアイディア、工夫でみつけていく
そのための療育なのかな。

こんな感じでまとまりました。


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